原点 -不二DNA-

井戸幹雄会長が語る不二の原点。
時代や状況が変わっても変わらない本質=不二DNAを知ってください。

変わらない不二DNA

井戸幹雄が語る不二の原点

井戸幹雄会長が社長として、不二印刷に入社したのが昭和四十二年。
そこから数年をかけて不二印刷を再建しました。
このときに築きあげたものこそ、現在の不二グループの原点。時代や状況が変わっても
変わらない本質=不二DNAを知ってください。

井戸幹雄会長

第一部 「共生」の誕生

怒号が飛び交う中、新社長に

私が不二印刷に入社したのは昭和四十二年。会社が実質的な倒産状態にあったときに会社の再建を依頼され、証券会社から移ってきました。
 出社初日、会社に近づくと、労働組合の旗を振っている人たちが...。不二印刷の社員が私に向かって抗議をしているのでした。
 あとからわかったことですが、三月一日の入社時点で、十二月のボーナスが半分未払い、二月の給料も未払いという状況にありました。その上、職場環境も最悪。天井は雨漏りがするから、雨の日は傘をさしながら仕事する。夏もクーラーがない、扇風機は紙が飛ぶので使えない。そこでバケツに水をくんできて、その中に足をつっこんで仕事をするとう惨憺たるありさま。会社全体がやる気をなくすのも無理はありませんでした。
 「これはエライところへ来てしまった」というのが最初の感想でした。

問題山積の初仕事

当時の社員は五十人、そして臨時工が二十人という体制でした。社員の平均年齢が四十五歳ぐらい、私はまだ三十二歳。しかも印刷に関してはまったくの素人。そんなところにいきなり入っていったものですから、反発も相当なものでした。
 会社の内部も問題は山積。なかでも、会社の土地建物や印刷機などの設備までが他人名義になっていること、闇金融からの資金、そして性質のよくない臨時工が常に問題を起こすこと、この三つが大きな問題でした。
 そこで、建物や設備を会社に買い戻し、闇金融から手形を回収し、臨時工に依存していた仕事を切り捨てるという大改革に着手。六ヶ月もの期間を要して、これらの問題を片づけました。(土地はその後十数年かかりました)

「お前にそんな器量はない!」

経営の立て直しに来たとはいえ、まだ三十二歳の若造。社員みんなの心をまとめることは困難を極めました。この人たちの心をひとつにまとめるために何が必要か...。悩んだ末、旧知である宇治の黄檗山の和尚さんに相談に行きました。
 「これからの苦しい道は覚悟しておりますが、それを打開するためのヒントをください」そうお願いしましたところ、「お前にそんな器量はない!頭を冷やしてこい!」と一喝されてしまいました。しかしながら、私も引き下がるわけにはいきません。何度もお願いし、なんとか頼み込んで、いただいた言葉が「共生」でした。

「共生」=再建へ向けての第一歩

人間は一人では生きていけない、お互い支え合って生きているのだから、社員と共に生きていくことを考えなさい、それが経営者としての君の使命だ、と。そう諭されました。
 最近でこそ、「自然との共生(きょうせい)」や「共生(きょうせい)社会」といったように広く使われていますが、当時はほとんど知られていない言葉でした。
 この共生という言葉を私なりに翻訳し、社員に話しました。共生とはみんなでお神輿を担ぐようなものである。全員がそれなりの力を出し合わないと威勢よく担ぎ上げることはできません。何人かが力を抜くと残りの人に負担がかかります。人間ですからいろんなことがあります。体調が悪い時、精神的にまいっている時、そういう時はせめて担ぐふりをしてください。今日は担ぐふりをする。しかし明日は精一杯担ごう。ここまでは許せます。が、毎日担ぐふりをしたり、神輿にぶら下がったり。これだけはやめてください、そう言って、「共生(ともいき)」という言葉の浸透と実践に努めました。

第二部 お客様に感謝される仕事

お客様の顔が見えない

当時の仕事はほとんどが下請けに近いものでした。ですから一生懸命仕事をしても、お客様の顔が見えないのです。そうなると誰のために仕事をしているのかわからなくなってきます。本来はお客様のために働いて、お客様から対価をいただくものですが、どうしても社長や上司のために働いているという錯覚に陥りやすい。そこで「共生」に続くキーワードとしたのが、「お客様に感謝される仕事をしよう」という言葉です。

お客様に感謝される仕事とは

お客様に感謝される仕事というのを、考え違いし、見積金額をお客様の言いなりになる営業部員もいました。会社というのは適正な利潤を出してこそ、お客様のためになることもできるわけで、赤字すれすれの仕事をしていたら、お客様のことを考える余裕も出てきません。
 常にお客様の方を向き、何ができるのかを考え、誠意を持って接する。これこそが「お客様に感謝される仕事」の基本。そうしなければあとで必ずしっぺ返しをくらうことになります。
 その後下請けから脱し、お客様と直接仕事をするようになってからも、工場の印刷部門の方など社内で仕事している人にはお客様の顔は直接見えません。そこで、ひとつのルールをつくりました。前の工程の人=仕事を渡してくれる人、後の工程の人=仕事を受けてくれる人をお客様として見立てるというものです。前の工程から心のこもった仕事が来る、それをさらに心のこもった処理をして次の工程に送る、みんなが気持ちよく自分の担当の仕事をこなすことで、お客様に喜んでもらえる最終製品に仕上がるわけです。

仕事は一人ではできない

お客様に感謝される仕事は、一人ではできません。会社をあげて、その気持ちを一致させなければ成果は上がりません。
 たとえばレストランに行ったとします。お客様と顔を合わせるのはウエーターやウエートレスです。その人がお水を運んできて、コップをガチャンと置けば、それだけで気分が悪くなってしまう。あとでいくらおいしい料理が出てきても、お客様の足は遠のきます。調理人の努力が無駄になってしまうのです。
 会社も同じです。とくに印刷会社というのは、仕事の範囲が大きいので、どんなベテランといえども、最初の企画から最終の加工まですべてを掌握できません。それぞれの分野で専門的な能力を発揮し、同じ方向を向きながらチームワークで仕事を進めることが重要です。

協調し対話し勉強する

チームワークとも関連することですが、私が「感謝される仕事をしよう」という言葉に続けて伝えたのが「協調・対話・勉強」です。
 相手のことを考える、よく話し合う、時代に遅れないように勉強する。これは、我々社員だけのことではありません。お客様、協力会社と協調し、対話することで、お互いを理解し、仕事の進め方も納得してもらう。また、勉強も、我々だけがやって、我々だけが高いレベルに到達しても、お客様や協力会社がついて来てくれなければ何もならない。我々だけが遅れたら、その時は仕事が来なくなります。お互いに成長することで、よりよい仕事をしていきましょうということです。

第三部 不二DNAの確立

新しい機械の導入が転機に

その頃の社員にとって重要だったのは、将来に対する希望が持てる会社なのかどうかということでした。そのために行なったのが、技術面の遅れを取り戻すことです。当時は(昭和四十五年)活版印刷からオフセット印刷への移行期でしたが、これをひとつ飛ばして、次の時代を担うオフセット輪転機を導入することにしたのです。
 そのきっかけとなったのは、アメリカのマッキンゼー社から出されたレポート。『印刷会社の将来について』と題されたこのレポートによると、印刷会社が大きくなるためには、オフセット輪転機を導入して仕事をしていくか、製造部門をうんと小さくしてお客様と密接な関係を結んでいくか、ふたつにひとつしか手がないとのことでした。
 印刷会社の将来はオフセット輪転機にかかっているとの結論に、私は急いでアメリカに実情を調べに行ったのです。そしてオフセット輪転機を導入。以前と比べ生産性が三倍になったことで、順調にマーケットを拡大することができ、再建への大きな足がかりとなりました。不二印刷での導入は、関西では二、三番目とかなり早いほうでした。不二の伝統ともいえる、新しい技術や新しい手法をいち早く取り入れる、というのはこの時から始まっていたのです。

一人で三役をこなす

私は証券会社から、印刷についての知識はゼロという状態でこの会社に来たにもかかわらず、入社から数年間というものは、営業部長、工場長、総務部長を全部兼任しているようなかたちでした。しかし人数が増えて組織も大きくなってきますと、一人ですべてやるわけにはいかなくなりますし、後継者も育ちません。そこで信頼できる人を選び、部門ごとの経営をお願いすることにしたのですが、そのとき伝達したのが三ヶ条の経営基本姿勢です。

経営基本姿勢三ヶ条

一、社員にとって一生を賭して悔ゆることのない会社でありたい。
 これは一生を不二グループで働いてくださいということではありません。たとえ一年在職しただけでも、ここで働いて結局何も得るものがなかったということがないように、その人にとって何らかのプラスになることがあった、不二グループで勉強したことが、よい経験になったと思ってもらえる会社でありたいということです。
二、誰からも信頼され、取引先、関連会社、一般会社から 喜んでもらえる会社でありたい。
 たとえば会社の駐車場にしても、ずいぶん広くとってありますからコストがかかるんですが、路上に停めておくことで隣近所からクレームが来たり、お客様が駐車違反の罰金を払うことになるかもしれません。広い駐車場があることで収益を圧迫するのですが、いろいろな方から信頼されるためにはやらなくてはいけないことだと思っています。
三、艱難を自ら克服し、真の幸福を追求する会社で ありたい。
 「艱難」というのは、困難に出会って苦しみ悩むこと。我々不二グループは独立独歩の会社です。どこからも指図を受けることはありません。そのかわり、困ったときにはどこからも助けてもらえないということで、どんなに苦しい局面に立たされても、ひとをあてにせず自分たちの力でそれを乗り切って、真の幸福を追求する会社にしていこう、そういう意味です。

これからも変わらない不二DNA

不二グループは、これまでも新しいことにチャレンジし、新技術、新手法をいち早く取り入れてきました。これからも時代は変わり、技術は進歩していきます。しかし、ここで述べてきた「本質=不二のDNA」は変わることはありません。それは現在の経営理念、クレドへと受け継がれ、いつまでも変わることのない根幹を形づくっています。